大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和30年(行)5号 判決

原告 三枝団吉

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録記載の農地につき昭和二十五年三月三十日甲府地方法務局諏訪出張所受附を以つてなした自作農創設特別措置法第三条の規定による買収に基く、権利者農林省のために山梨県知事が代位登記を嘱託したに因る所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

(一)  別紙目録記載の農地(以下単に本件農地という)は原告の所有であるが昭和二十三年十月二日自作農創設特別措置法(以下単に自創法という)第三条第五項第一号に該当するものとして政府に買収となり昭和二十五年三月三十日受附を以て請求趣旨記載の如き所有権取得登記がなされた、しかしながら右買収処分には次のような違法がある。

(1)  本件農地(現況畑)はいずれも桑畑であり、桑の生育状況も周囲の桑畑と比べて遜色なく、その経営は不適正又は粗放でないにかかわらず、自創法第三条第五項第一号該当の不適正又は粗放耕作地として買収したのは違法である。

(2)  本件土地の買収計画樹立の際原告は田畑合計二町四反四畝五歩の農地を所有するものと認定されたが、右土地中には非耕作地九筆合計四反二畝二十三歩を含み、そのうち八筆合計三反四畝四歩が買収されたところ、内六筆については別訴において樹林地帯であるとして取消され保有農地から除外された。併し未だ本件農地二筆を含むその余の非耕作地面積一反三畝十三歩を含んでいるから、結局原告の保有農地面積は合計二町一畝十二歩である。しかるところ牧丘町(旧諏訪町)における自創法第三条第一項第三号に定める保有面積は二町一反歩であるから、本件買収処分は原告の法定保有面積内の土地を買収したことになり違法である。

(3)  本件土地買収処分の対価は牧丘町室伏第三八〇番については金二百三十九円四銭、同三八一番については金二百六十七円三十六銭と定められたが右対価は正当な補償とはならないから憲法第二十九条に違反する。

(二)  従つて本件買収処分は当然無効であり原告は依然として本件農地の所有者であるから、被告はこれに基く係争地に対する所有権取得登記の抹消登記手続をなすべき義務がある。

よつて本訴請求に及んだ次第であると述べ、被告の主張に対し、その主張のような前訴が確定したことは認めるが本件は前訴と請求原因を異にするから既判力を生じないと述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の日その主張のような手続により本件農地を買収したこと及びその主張のような対価を支払つたことは認めるが、その余は否認する。本件農地は既に昭和二十三年十月二日牧丘町室伏二百十一番地三枝潔に対し売渡済である。原告は本件農地を含む買収計画樹立の際自ら自作地二町四反四畝十五歩を所有する旨の申告をしているのであつて原告が非耕作地と主張する土地のうち六筆の農地に対する買収計画が別訴において取消されたため保有面積を下廻る結果となつたに過ぎない。又本件農地の買収対価は自創法第六条第三項により第三八〇番については賃貸価額四円九十八銭、第三八一番については五円五十七銭にそれぞれ四十八倍の倍率を乗じて算定されたものであつて原告は既に右代価を受領済であり何等違法はない。仮に対価が違法であるとしても単に取消原因となり得るに過ぎない。なお原告はさきに本件農地を含む原告主張の八筆の農地につき山梨県知事及び山梨県農地委員会を被告として訴願裁決取消訴訟を提起したが本件農地については原告の請求が棄却され(甲府地方裁判所昭和二十三年(行)第三三号東京高等裁判所昭和二十四年(ネ)第一四六七号、二六一四号)昭和三十年四月一日確定した。(最高裁判所昭和二十八年(オ)第七六〇号)従つて前訴における権利の帰属者は実質的には被告国であつて、本訴は前訴を前提とするものであるから右事件の既判力に触れ、この点において失当であると述べた。

(証拠省略)

理由

本件農地は原告の所有であつたが昭和二十三年十月二日自創法第三条第五項第一号に基き政府がこれを買収し、昭和二十五年三月三十日受付をもつて原告主張のような所有権取得登記がなされたことは本件当事者間に争のない事実である。

そこで先づ被告の既判力の抗弁について考えてみるに、原告は前に本件農地を含む八筆の農地につき山梨県知事及び山梨県農地委員会を被告として訴願裁決取消訴訟を提起したが、被告主張の如き経過によつて本件二筆の農地については原告の請求が棄却されその判決が確定していることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第四号証による右確定判決においては本件二筆の農地はいずれも自創法第三条第五項第二号該当の農地であり、且つ原告は自作地二町一反五畝十一歩を有するところ山梨県における自創法第三条第一項第三号の保有限度は二町一反歩であるから買収可能の限度内である右二筆につきなされた買収計画は適法であり従て原告の異議を採用しなかつた訴願裁決も亦正当であるとの理由に基いて原告の請求を棄却したものであることが明かである。ところで抗告訴訟においては当該行政処分の適法性の総てが審理の対象となるのであるからこれに対する請求棄却の判決が確定すると右判決は当事者間においては該処分の適法性が積極的に確定されたと同様の効力を持つこととなり、後訴(右処分の効力が先決関係に在る訴訟も含めて)において右処分が当然に無効であることを主張して争うことはできないものと解すべきである。而して農地買収の如き一連の手続によつて結局一の法律関係が形成される行政行為の場合において、先行処分について抗告訴訟を提起し請求棄却の判決が確定した場合には後行処分に対する訴において重ねて先行処分の違法を主張して当該後行処分を争うことも亦右と同一の理由により許されないものと解しなければならない。

本件についてこれをみるに、本訴は国を被告として買収による所有権取得登記の抹消手続を求めその先決問題として買収処分が当然無効であることを主張するのであるが、農地買収の主体は国であり農業委員会若は都道府県知事はその機関として之を行い抗告訴訟においては形式的に当事者となるに過ぎず、その権利帰属の主体はあくまでも国であることは明かであるから、判決の既判力を受ける関係においては農業委員会、知事及び国はこれを同一視すべきものと考える。而して原告が本件農地の買収処分が違法であると主張する事由のうち、右農地が自創法第三条第五項第一号該当の土地でないこと、及び原告の保有地を侵す買収であるとの点はいずれも知事の買収令書発行処分そのものの違法を衝くものではなく之が先行処分である買収計画の違法を主張するものに外ならないのであつて、右事由は既に前掲訴願裁決取消訴訟において主張して判断され請求棄却の判決が確定したことは前認定のとおりであるから、本訴において重ねて右事由をもつて買収処分が当然無効であると主張することは許されないものといわなければならない。従つて右二つの主張はその実体に入つて判断するまでもなく既にこの点において理由がない。

次に原告は買収処分の違法事由として本件二筆の農地に対する買収の対価は正当な補償でないから憲法第二十九条に違反すると主張しているが自創法第六条第三項に定める農地の買収対価が憲法第二十九条第三項にいう正当な補償にあたることは今更多く論ずるまでもない(昭和二十八年十二月二十三日最高裁判所大法廷判決、判例集第七巻十三号千五百二十三頁参照)ことであるから原告の右主張も亦之を採用しない。

仍て原告の本訴請求を失当として排斥することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 土田勇)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例